
世の中うまくいく考え方
2025年11月10日(月)
昨日は中学校の同窓会が大阪難波のガンコ寿司でありました。
七夕会という名で、時々途切れたこともあるけれど50年ぐらい続いています。
終戦の年に生まれて(昭和20年)、八十歳になるので昭和なら100年ということになります。
帰ってきてニュースを見たら、立花孝志が逮捕されたと‥‥‥‥
愉快ですね。
愉しかった同窓会でしたが、NHKから国民を守る党なんてウザイ奴の党首が逮捕ということで面白くなりましたね。
この前の自民党の総裁選で高石早苗が総理大臣になりましたが、政権を取るためにNHK党と会派を組んでいるらしいので、どうなるのでしょうねぇ?
うまくいく、大きな目でみて、世の中がうまくいくために‥‥‥‥と考えたら
競争の舞台で、相手を足をかけて転ばせたりする戦略で世の中がうまくいくはずがない。
その典型がトランプの世界戦略でしょうね。
関税をかけて世の中を混乱させるなんて愚の骨頂、アホですね。
コンピューの世界で GNU という考え方をみれば
(GNU宣言:リチャード・ストールマンより)
「競争が、ものごとをよりよいものとします。」
競争のパラダイムはレースです。勝者に報酬を与えることによって、皆を速く走るように促します。資本主義が本当にこの方法で働くとき、競争はよい仕事をしますが、その擁護者は、間違って、いつもそのように働くと仮定します。
走者が、なぜ報酬が与えられるのかを忘れ、何がなんでも勝つということに固執すれば、ほかの戦略を見つけるかもしれません。ほかの走者を攻撃する、というように。
走者が素手で殴り合うようになれば、全員が遅くゴールすることになります。
プロプライエタリな秘密のソフトウェアは素手で殴り合う走者と道徳的に同等です。悲しいことに、わたしたちのレフェリーは、格闘に反対ではないようで、調整するだけです(「10ヤード走る毎に一発だけ殴れます」、と)。
レフェリーは本当はかれらを止めに入るべきで、格闘しようとしただけでも走者を罰するべきなのです。