人間を野蛮系と温厚系に分けてもいいのかも
2020.03.21
人間を文系か理数系かと分けたがるけれど、物事をそんなふうに見ることが理解できない。でも洞察力があるとかないとか、自分を除けておいて、他人を品評する眼が自分にあるという考えの人もいるから、ややこしくなる。
私の子供の頃は、大家(おおや)とか小家(こいえ)はあって、大方は社会全体が貧しかった。友達に代々というかお爺さんも父親も村長の家の息子(おおやの子)がいたけれど、一人っ子だったのでよく悪さに一緒に連れ回しました。おぼっちゃんで賢いし走るのも速かった。高校生か中学生だったか忘れたかの四百か八百の全淡記録は長い間破られなかった。

一人っ子だったので、私等のような貧乏人は彼には面白い人種だったのかも知れないが、コチラもアチラも同じ土俵の仲間という考え方だから、社会人になって仕事はちがっていても、偶に一緒に酒を飲みました。
私が帰省したと同じ頃に、県職から役場出向したかたちで再会してまたよく飲んだ。仕事上で会うことが多かったが、中学の同級生が今度は家族どおしでも飲んだり遊んだりした。いずれは町長になるだろうと誰もが思っていたけれど、意志が弱かったのか、自己管理ができなかったのか糖尿病で若死にしました。
故郷を離れた中学生の頃の同級生とは、年に一回「七夕会」という同窓会を大阪でやって、三十何年間つづいている。
震災の年から2年ぐらい途切れたけれど、今でも続いている。
地下鉄ナンバ駅を上がったところの「新歌舞伎座」の前で正午に待ち合わせだが、何年か前から新歌舞伎座は移転して、新歌舞伎座は昨年にベルコ系のホテルになったということをニュース知った。

ベルコというのは多分「玉姫殿」などを運営している冠婚葬祭の事業所だったと思う。とにかく自由主義というか資本主義系の国も共産主義国家だろうと、お金が中心に社会が動いていることは誰もが認めている。
今日のNHK「ファミリーヒストリー」は古舘伊知郎だった。
物語は、お爺さんの前の時代からはじまり、馬喰だったというから私の母親の生家も馬喰だったからますます見入ってしまった。
戦前は朝鮮や中国には、一旗揚げようと夢を求めて行ったんですねえ。
私の父親の兄も、満州に渡り馬賊になるのだと出ていった(馬賊というのは作り話だと思うが)、国と国とが行き来できるいい時代だったのが判ります。

日本の総理大臣や米国の大統領のような、喧々諤々の生き方は不幸へこそ向かうが、皆が幸せになるという考え方には向かわない。


今回のコロナウィルス騒動で判ったことは、隣の国だけでなく隣接する県にさえ往来を規制しようとするのだから、人の交流が経済活動にどれだけ影響があるのかを知らしめたのである。
コロナウィルスで株式市場はエライことになりにけり、で年金のお金を投資していたのが大損だったというニュース。
政治家にまかせて、博打で儲けてくれるくれるなんてバカな選挙民だと世界中から笑われているのに、政治批判をする人間を悪者のように見る。

ほんとうに困った国民でありますね。

第二の創業へ
2020.01.30
三原町時代から農業公園問題に疑義があって、美菜恋来屋へは行きたくないし、これからも行くことも無いだろうと思っていたけれど、長い人生だから変わることもある。
南あわじ市では商工業者は生きていけないような政治状況にある。
生きていくためには経済活動は絶対の必要条件なのであります。
だからナニをする、ナニして生きていこうかといろいろ考えながら思案中というところだ。
前にもどこかに書いたように、第二の創業としていろいろ策を練っているけれど、なかなかそんなに甘くはありません。
甘いのは、紅はるかという焼き芋に辿り着いたけれど、芋選びという問題もあって、まだ完成したとは言えない。

よろずやみたいなことだから、一つだけ道がひらけたようだけれど、蓄えがあるわけではないので、生きる足しにはならない。
烏骨鶏の孵化と産卵はほぼ目途がついて、現在40羽ぐらいまで増やした。
卵を生む成鶏が20羽ぐらいいるけれど、2日に一個ぐらいしか産まないけれど、高い卵でも事情がある人は買うみたいだけれど宣伝不足と効能を広めないと。
売るためには烏骨鶏の薬効のPRをしなければならないので、ネット上にあることを調べて整理している。
まずは「酢卵」がいちばん推奨して問題ないようだ。
自分で10ヶ月ぐらい毎日食事の前に飲んでいる。
そのお陰で若いときのように、顔を撫でるとシットリするようになった。
毎月血圧の薬をもらいに医者に行っているが、血圧も正常だ。
ともだちの薬剤師は、もう薬いらんかもというけれど、月に一度だけれど、看護婦さんに腕を触られる嬉しさに、通院はやめられない(^o^)

薬膳研究と大きな看板を書いた。
無花果をドライフルーツにしたり、烏骨鶏を発酵飼料で飼ったり、焼き芋も薬膳としても立派な存在でもある。
最近挑戦しているのが、黒にんにくだが、最初はどのようにするのか解らず、ちょいかじりでやったら、硬すぎて不評。
なにせ機材を作るのが好きなので、ドライフルーツの改造で、湿度を高くする組み合わせがなんとかいけるようになって、まずは硬いと言われる程ではないが、もうすこし工夫がいるようだ。
いずれにしても、実験するためにはニンニクが必要なのだが、時期外れであちこち探しているがなかなかない。

中田市政の悪辣ぶりに、美菜恋来屋には行かぬつもりだったけれど、南あわじ市の事業となってしまったので、そうとばかり言っていたら、赤字の穴埋めはだれがするっとなるのでニンニクを買いに行った。
苦しい言い訳だにゃあ(アベよりはマシかも)
ジャンボにんにくをこれまで3回ほど買いに来た。志筑のプラントにはないかとあちらへ行った時に覗いてみるけれど、オフシーズンなのでどこにもない。ネットにもない。
美菜恋来屋には客は少ない。
金を掛けた割には、安じていたことが現実みたいだけれど、後は市や議員がどうするか知恵を出せばよい。

黒にんにくの第二号機が昨日なんとか出来たので、買ってきたニンニクを酢に漬けて明日、熟成器に入れるつもりだ。
モノづくりというのは、出来上がる前は上等の製品が出来上がるとワクワクした気持ちで待っている。
黒にんにくの完成するのは一ヶ月後なのである。

これで売る品物がナンボか出来るのだけれど、
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず・・・」
わが屏風谷記はなかなかですわ。

映画ばなしから「駒」
2020.01.13
むかしの映画は、エエモンとワルモンをはっきりと観客に判り易すくしていました。

住んでいるところはド田舎なので、都会で事業をして大成功した方が、母校の子どもたちに映画を見せてあげようと、校庭で納涼を兼ねて映画祭でした。
その奇特な方は、私が入学した頃の津井小学校の二宮金次郎像も寄付されたとか。
そのわが母校も廃校となって、いわゆる辰美地区(伊加利小、丸山小、阿那賀小、津井小)四校で辰美小学校に統合しました。

戦後焼け跡からの復興からなので、辛い思い出もあったけれど皆が前に向かって希望を持って歩けば、それなりに道は開けるものでした。
私の家から300メートルほどのところに、大工の棟梁だった方が、ドサまわりの一座が芝居ができたり、映画を上映できるような芝居小屋を作りました。
小学校低学年の頃の映画の思い出で、嵐カン主演の鞍馬天狗に美空ひばりが出ていたり、エノケンの喜劇映画を見たというのは自慢です。
思い出しついでに、いま関西の女性芸人の大御所になっている上沼恵美子さんですが、私の母親の姉の婿さんと上沼恵美子の母親とが従兄妹だったのです。
建前や婚礼などの宴席にはいつも上沼恵美子の姉の百々ちゃんが私の隣に座っていました。
上沼恵美子さんのお父さんは、日掛けや月掛けの銀行の外交員でした。
二足のワラジというか、興業師みたいなことが好きで、本人も手品や司会をやるなど、お父さんの夢が二人のお子さん、百々子さんと恵美子さんで開花したということでしょう。
お母さんは津井生まれで、ヒサエちゃんと呼ばれて親しまれていました。

話が横道に逸れましたが、その映画館では月に2回(土・日)、封切りから1年遅れみたいな古いけれど、今でも名作といわれる映画を見られたというのは幸せでした。
映画好きになったのは、私の父親が勤めていたところから国産第一号のシャープのテレビを貰ってきて(新品を買ったので)、中学生の頃はクラブがない時に帰って、3時ころからフランス映画などの洋画をよく見ました。
名作「自転車泥棒」とか「悲しみの天使」などです。
フランス映画はアメリカの西部劇とちがって、ストーリーは悲しい話とか考えさせられる映画が多く、正義とか社会学という勉強になったかなぁと思います。

正月早々自衛隊が米軍の弾除けに「中東派遣」となったニュースだ。
この流れが続いていけば、孫たちの時代には「徴兵制」になるのですゾッ!
アンネの日記とかで、映画から戦争の悲惨なことも学んだ。

また淀川長治みたいなことを書いたけれど、戦争もダメ、不正は勿論 「アカン」「ダメ!」悪は滅びる。滅んでくれなければ アタシャこんな話を長々として無駄になる。

この世から消え去る
2019.10.12
静かに眠るように近所に住む女性が亡くなったと聞いた。
ご主人が3年前に亡くなり、一人暮らしをしていました。
亡くなったご主人とこのたび亡くなった方は、どちらも温厚なご夫婦で、このように娑婆から消えていく人生もある。
お子さんは、女の子が一人で島外へ嫁いで子供さんもいるようだ。
年老いた田舎においた親を気にしながら、子育てしながら働いていたのでしょう。
母親が入院したと聞いて、跳んできたけれど言葉を交わすことなく亡くなったと聞いた。

少子高齢化・核家族化、都会への人口集中など、社会が大きく変化していく。
子供がいると言っても、私のように嫁にいったり、家を離れて自分の道を歩いている。それで良いのだけれど、人が生きていた証のようなものが、お墓というものではないかと思うのであります。
「埋葬文化」というのが「お墓」というものなのでしょう。そのお墓の維持が難しくなっています。
お墓の継承問題は今後どのように変化していくのかを、テレビや新聞から納骨堂広告を見て、ここにもショウバイとしようという商魂を見て考えさせられます。

納骨堂で永代供養という流れが増えていく理由は、核家族化と終活意識の高まりだという冷静な分析はあたっていると思うけれど、埋葬文化である「お墓」は何も日本独特のものではない。人が生きた証と考えたら、亡くなった方を回忌法要などをしながら偲ぶのは人間だからです。
私の同級生で、民間企業から自衛隊に転職して、その後民間の航空会社で管制官や管制官を育てる教官などをした後、退職後病と戦いながら亡くなりました。
遺言で葬式もせず、遺骨を海にばらまいたと亡くなった後にお手紙をもらいました。

同級生、わが人生洲本実業機械科3年間は淡路島内各地から集まってきた40人、担任もずっと3年間同じ、席順もずっと変わらず過ごしたが、人の死は様々でずっと一緒ということはない。
40人中13人そして恩師とで14人がこの世にはいない。
あす先山千光寺で同級生有志が集まって法要の真似事をします。
そのあと恒例の飲み会です。
飲ん兵衛は何かと理由を付けて飲みたがる。

生存確認のような同窓会でもあります(^o^)

宗教と哲学
2019.10.01
いま私は隆泉寺の総代会長をしています。
前任者の会長が急逝したために、途中で代行をしていた流れの中でなってしまったのですが、宗教心も薄く、チャランポランなところもあるので恥ずかしい役職であります。
こういう役をする人は、財があって人徳も備わった人がなるものと世間ではきまっているものです。

隆泉寺は法華宗(日蓮宗)なのでキリスト教とはまったく異にする宗教なのですが、尾崎明夫という神父さんが若い中学生や高校生に「哲学」を面白く判りやすく書いているのでリンクを張っています。
毎日読んでいるのではなく、夜中に目が覚めて寝られないときなどに見ています。
神戸の出身で京大卒、精道三川台中学校で長い間教鞭をとっていたという尾崎明夫師に学んだ生徒たちは、社会に出て素晴らしい人生をおくられているのだろうと思います。

高校生のための哲学・倫理学入門

中学3年生のための哲学入門





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